元住吉 歯科の内部、限定公開!
彼は、参考のため、Eなどに自分の意見を話してみたが、だれもがT相談役の考えと同じだった。
だが、N銀には、引き下げ提案の裏付けになる資料があるかもしれないと、立案担当だった総務部の課長に、見せてほしいと申し入れた。
課長の返答は、「N銀の政策は各部が協議して決めるものだから、見せるわけにいかん」というものだった。
だが、日ごろから、事務当局を十分にお使いくださいと、政策委員にいっていたこともあって、総務部長が説明するということになった。
ところが、総裁がいきなり現われ、「あなたはこの案に反対するようなことをいっているらしいけれども、それはどういうわけだ」と、半分、詰問するようにいった。
T相談役は反対の理由を明言した。
総裁とのやりとりでは、意見は一致しなかった。
総裁は、正式の政策委員会ではなく、事務当局の担当者と任命委員の懇談会をひらこうと提案した。
その懇談会では、政策担当の理事が引き下げ案の説明に当たったが、新しいデータがあるわけでもなかった。
懇談会は二度、ひらかれたが、ほかの委員はほとんどなにも発言せず、T相談役と事務当局側の議論は平行線のままだった。
T相談役は、「納得のいかないものに賛成しろといわれてもできない、法律の規定どおり多数決で決めるべきで、多数決で決まったことには従う」といった。
総裁は、「日本的風土に合わない」などといい、最後に、「じゃあこれは一切外部にいわんことにしょうじやないか」といったという。
T相談役が「一切隠しておくというわけにはいきませんよ」というと、総裁は「それじゃ記者会見のときに、一部に反対はあったけれども、多数の意見に従ってこう決めたんだといっていいか」と聞いた。
T相談役も「けつこうです」と答えた。
記者会見では、そのとおり発表されたが、記者たちは、部に反対」といっても、政策委員会以外の外部に反対意見があったとしか考えなかったようだ。
まさか、スリーピング・ボードの内部での「一部に反対」があったとは思わなかったのだ。
部に反対」があったこと自体が前代未聞であり、N銀では、その組合の機関紙類がよく書いているように、〈1人の反対もなく〉決まっていくことになっている。
最高意思決定機関である肝心の政策委員会ですら、筋が通った主張をすると、〈N銀総裁なり政策委員は首になる雰囲気がある〉という。
T相談役は、政策決定と討議内容の公開を求めてきたが、前出「E」でつぎのように語っている。
〈持論として政策委員会の討議内容を一定期間後、公表しろといってきました。
これは米国の連邦準備制度理事会が政策決定の過程を公表しているのを見習うべきだというわけです。
そうすることによって委員の責任も重くなるし、世間的にも、ああ、こういうことで決定されたのかと理解が深まるんだから。
しかもこれはアメリカでは、発言者の名前まで出しているんですよ〉〈〔公表しないのは〕秘密主義ですよ。
なにも法律に、「政策委員会は秘密であること」なんて、ちっとも書いてありはしない〉国民の目が届かない非公開の密室で?秘密主義に守られ、国民の利害に反した金融政策が決められているわけである。
もともと、N銀が政府と政治から独立性と中立性を守るために設けられた政策委員会でありながら、実際は政府に首を握られ、政府・大蔵省のイエスマンたちによるスリーピング・ボードになっている。
天皇制政府と直結した戦時中の悲劇にさかのぼるまでもなく、あの列島改造論による狂乱物価によって国民は大きな損失をうけた。
その当時の政府とN銀との関係は、とくに今日の事態にとって教訓的であある。
る。
T相談役が政策委員を退任した直後に語った前出『E』の話は、狂乱物価の記憶がまだなまなましかった当時のものであり、長くなるが引用しておこう。
〈〔政府は〕国内景気を大いに振興しなければならんというので、もうインフレのことなんか忘れちゃって、大型予算を組んで、列島改造論にのって、パーツとやったでしょう。
あれがインフレを火のように燃え上がらせた。
だけど通貨価値の維持というものを使命とするN銀行としては、こんなことをしていたらひどいインフレになるから、早く締めなければいかんといって、あらゆる手段で引締めをやるべきだったんです。
それができなかったのはなぜか。
あれだけ頭のいい人がそろっているN銀が、わからんはずはないと思うんだな。
わかっていながらそういうことになったのは、結局政府が強力に介入し、これに対してまたN銀の幹部が抵抗しえなかったということだと私は思うんだな〉〈金融政策に政府が介入するという問題は、政府が悪いと思うんですよ。
やっぱり金融政策はN銀に任せるべきです。
よく、金融政策も国の政策の一つなんだから、これは政府が決めることだという議論がありますが、それはそのとおりだと私は思う。
だけどN銀は、通貨価値の安定維持という大きな使命があります。
だからN銀はその立場でものをいうべきです。
その立場は政府との折衝のうえでは、かならずしも通らんかもしれん。
これはやむをえないけれども、はじめから政府に迎合してN銀の考えを決めるのは間違いだと思いますよ。
それからその場合、政策委員というのは、N銀総裁も含めて、政治から独立のものなんだから、いちばん筋の通った主張のできる立場なんです。
だからその立場を貫いたらいいじゃないかと思いますが、実際問題としてそんなことをやったら、N銀総裁なり政策委員は首になるんじゃないかという雰囲気が私はN銀本店を訪ねたとき、いかめしい旧館にこだわって、その玄関から入った。
すでにコケがはえた、N銀行法の条文を思い起こさせずにはいられなかったからである。
第一条には、すでにみたようにN銀の〈目的〉として、〈通貨ノ調節〉や〈金融ノ調整〉などを掲げている。
だが、だれのためにその〈目的〉を果たすかが、肝心なところである。
第一条は、〈N銀行ハ国家経済総カノ適切ナル発揮ヲ図ル為国家ノ政策ニ即シ〉て、〈目的〉を果たさなければならないと定めている。
第二条も、〈N銀行ハ専ラ国家目的ノ達成ヲ使命トシテ運営セラルベシ〉と定めている。
N銀は〈国家ノ政策一即シ〉て〈国家目的ノ達成ヲ使命〉とした、国家の銀行であるというわけである。
私は首になればいいじゃないかというんだ。
そのくらいの覚悟を持たなければ、N銀の中立性だ、自主性だなんていうものは守れない。
いつでも政府のいうことに迎合してやっていれば、いつまでたっても大蔵省N銀課ですよ。
これは法律の問題ではなくて、N銀幹部の心構えの問題だと思うんだな〉T相談役も〈法律に決めてあるとおりにやっていて、なにがいかんのか〉といっているが、現実には法律さえ通用しない事態が横行している。
だが、T相談役のいう〈心構え〉だけではすまされないのも現実である。
そこには、N銀の基本的な性格にかかわる、大きな〈法律の問題〉が横たわっている。
しかも、国家にはいろいろあって、ここでいう〈国家〉とは、主権在民の国家ではなく、天皇の国家のことだった。
二一世紀を目前にした現在でも、N銀行法には、かつて戦争の悲劇をもたらした天皇主義と国家主義とが生き残っている。
本店旧館も、このN銀行法に似て、「朕の銀行である」といいたげな風貌をしていた。
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